【セミナーレポート】 木暮人連続セミナー:森と木が育む健やかな暮らし
【セミナーレポート】 木暮人連続セミナー:森と木が育む健やかな暮らし
第2回 都会人やからこそ知っ得!あなたの健康と犬・鹿・森の関係
講演:「三浦林商」体表、「NPO法人もりずむ」副理事長 三浦妃己郎
2017年6月17日(土)
三重県、美杉で林業の6次産業化に取り組む、「三浦林商」の代表兼「NPO法人もりずむ」の副理事長の三浦妃己郎(みうら・きみお)さん。昭和35年創業の「三浦林商」を28歳で引き継ぎ、36歳で代表となった。今は木こりの仕事だけでなく、自ら自身を林業界の異端児と呼んで、木の商品やサービスの販売・研究・開発まで幅広く活動しながら、豊かな知識と経験を精力的に発信している。今回、私達が知らない本当の山の姿である鹿の食害の問題と、その解決策として犬の活躍を熱く語った。
日本の山で著しく数を増やしている猪や鹿の問題は、オオカミの絶滅に加え、動物愛護法により野犬がいなくなったことが発端となっている。今回のセミナーでは、森と害獣の議論と共に、人間の営みと自然界のバランスの問題を共に考える機会となった。
「鹿」というと、一般的に可愛い動物のイメージが多いだろう。しかし、山の人にとっての鹿は、それとは少し違うようだ。それは、鹿による様々な被害が深刻な社会問題となっているからである。
山はもちろん、日常生活をも脅かしている鹿による被害の実態は、実際に山に入ってみないと分からないと、三浦さんは鹿の食害の実態を、写真データをもとに詳しく説明してくれた。
林業において一番大きな被害は、鹿が木の皮を食べてしまうことで「木が枯れる」食害被害である。増え続けている鹿が山の木々や森の植物を食べてしまうことで、樹齢数十年から数百年の木を殺してしまうのだ。鹿が食べるのは、木の低層部だけだが、鹿が食べて皮が剥かれた木は、葉が茂ると内部から腐りはじめる。木の内部の腐れは徐々に木の上層部まで上り、結局木がぼろぼろになってしまい、木材として商品価値のないものになってしまうと、三浦さんはその関係性を説明した。
また、鹿による食害は樹木だけでなく、山全体にも深刻な被害を与えている。
例えば、ある一定の範囲をすべて伐ることを全伐(皆伐)というが、後その後は、時間が経つにつれ自然の回復力で樹木の茂った森に戻るのだが、数を増やした鹿は、草、木の芽や幼木などを、食べつくしてしまい、更には鹿の通り道ができ、新たな樹木が生える余地のない、復元できない状態になっている。木の腐りからはじまる山全体への被害は崖崩れなどの原因にもなる。しかも、これは三重県だけの問題ではなく、地方のどこの山にも起こっているのが現状である。
ものすごい数に増えた鹿は山に留まることなく、食べ物を求めて、集落にも現れるようになった。人間の生活圏に入ってきた鹿は、農作物まで食べてしまうので、収穫にも影響を与える。田んぼはもちろん、庭で育てる野菜や果物なども鹿が狙っている。
お彼岸のおはぎの為のあんをつくるために、三浦さんのおばあちゃんが唯一の生きがいとして育てていた小豆を、収穫直前に鹿がすべて食べつくしてしまった事は、三浦さんにとってもショックで、おばあちゃんの生きがいを奪った鹿をどうにかしないといけないというきっかけにもつながった。
また、車道に飛び出してくる鹿との交通事故も深刻で、年間約200台余りが鹿の被害に遭っている。
これらの対策として、鹿が嫌いな植物を植えたり、網や電気柵を設置したりと、様々な鹿対策が講じられている。ちなみに、電気柵は、100m囲むのに5万円以上の費用と手間がかかり、糧としての収穫を守る為に、かえって経済的に生計を圧迫することとなる。そのため、これという最適な方法はなかなか見いだせていないのが、実態である。
それでは、なぜ鹿は村に現れるまで増えたのか、私達はその理由を考えなければならない。
人が山に入るようになり、植林などで鹿などの野生動物の居場所がなくなり、山に食べ物が無くなった。様々な説があるが、本質的な原因は、昭和48年10月1日に制定された「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護管理法)と考えられている。
「三浦林商」が創業した昭和35年頃は、山に鹿はほぼいなかったと創業者のお爺さんは言っていた。しかし、今はものすごい数で急増している。それは、なぜだろうか。
オオカミの絶滅後、里から山の間には野犬がいたため、猿や猪や鹿などの野生動物たちは、野犬を恐れて里に来ることはなかった。しかし、動物愛護管理法の制定後、野犬が捕獲されることになり、天敵だった野犬がいなくなった為、鹿だけではなく猪なども数を増やし、食べ物を求め里にも現われるようになったのだ。
つまり、鹿による山や人間への被害の原因を探ってみると、そこには、人が野生動物の世界との境界をやぶってしまったことがあり、生態系のバランスが失われた結果が獣害という形で人間に還ってきているとも言えるのだ。
ここで、三浦さんは「Q太」と言う名前の犬を紹介した。紀州犬のQ太は、オオカミに近い6本の爪を持つ最古の犬種の一つで、絶滅したと考えられていたニューギニア・ハイランド・ワイルドドッグとも似ていると言う。Q太は1歳の時から野生動物をみると追いかけ、オオカミや“野生をもつ”犬のような気質を発揮しはじめた。Q太の活躍で、今年は茶畑、田んぼ、裏庭も鹿の被害から逃れることができたようだ。
鹿を殺すのはかわいそうだと思う人もいるかも知れないが、山や畑の仕事で食べていく人にとっては、死活問題である。また里に現れる野生の鹿の力、鋭い角は人間の命を奪う程危険となる場合もある。
三浦さんは、犬を飼う第一の目的は、鹿を殺すことではなく、鹿が村に来ないようにすることだと強調した。鹿は短距離走は強いが長距離走は苦手で、長距離を走ると弱って死に至る。そんな鹿の特徴から見ると、「長距離の得意な犬が鹿を追いかけることで、鹿はストレスをうけ、それが繁殖力を減らすことにも繋がる」と、三浦さんは犬の活躍に期待を表した。
三浦さんは、鹿の被害は山の仕事をする人だけでなく、里や都会の人たちとも関係があると考えている。例えば、山の崩落や保全対策等のために使うお金も税金で補われるのだ。
崩落する山をブルドーザーやコンクリートで固めてしまえば、人の命は守られるかもしれないが、豊かな森林資源としての森が再生することにはならない。
三浦さんは税金の使い道として、土木工事だけではなく、鹿追犬を育成させ活躍させる為に使えば、防災という意味で、人々の生活を守り、森の生態系の回復に繋がると考え、自治体にも働きかけをしていきたいとのことである。
そして何より、Q太が、山に入りいきいきと、全力疾走する姿は、犬という生き物としての本来の姿であると感じ、犬にとっての本当の幸せとは何かという思いにも至るそうだ。
数代に渡って引き継いできた木こりという仕事。未来に繋がる林業に挑戦している三浦さんにとっての全ての活動は、森や生き物、そして人々への思いから発しているに違いない。荒れている森を守るために、森と生きている人のために、森の問題とその原因を広い視野で見て、共に生きる対策を考える必要があるのではないだろうか。
三浦さんのセミナーでは、鹿に対する動物と害獣の議論を超えて、人間の営みの中で人間が崩してしまった自然界のバランスの問題の実態とその原因を、山で生きる人の生の声として聞くことができた。それを聞きながら、もっと視野を広げてその対策を一緒に考える必要を感じた熱い時間となった。
レポート:鄭美羅(チョンミラ)、上利智子